ユネスコ世界記録遺産

訓民正音(解例本)(1997年指定)

訓民正音(1997年指定)

訓民正音とは「ハングル」の古称であり、訓民正音解例本はハングルを作った目的や文字の原理、使用方法などが記された解説書のことです。訓民正音にはすべての民衆が文字の読み書きができることを望んだ世宗(セジョン)大王の深い意味が込められています。この書籍は集賢殿の学者を中心として執筆されたもので、1446年に国民にハングルが配布されました。ハングルの各文字は発声器官の形を基にして作られ、科学的で独創的な言語として高く評価されています。

朝鮮王朝実録(1997年指定)

朝鮮王朝実録 (1997年指定)

朝鮮王朝実録とは、朝鮮時代のそれぞれの王の在位期間に起きた出来事を年代順に記録した歴史書物のことです。この書物には朝鮮の歴代の王の歴史と文化全般を含めた毎日の出来事が記録されており、25人の王が在位していた470年以上の長い歴史が記されています。

承政院日記(2001年指定)

 承政院日記写真提供:文化財庁

承政院日記は朝鮮の歴史と国家機密が記録されています。王の日課や指示内容、臣下が上疏した文書、様々な報告内容の他、天候などの記録が残っています。細かく記された3000巻余りのこの記録物は、朝鮮時代を研究する際に重要な資料となっています。

仏祖直指心体要節(下巻)(2001年指定)

仏祖直指心体要節 写真提供:文化財庁

仏祖直指心体要節は清州(チョンジュ)の興徳寺址で1377年に金属活字で印刷された書物です。この書物は高麗時代の僧侶である白雲和尚が様々な釈迦の教えを抄録した仏教書で、現存する世界最古の可動金属活字本の証拠であり、人類の印刷歴史上もっとも重要な技術的変化を見せています。特に東洋の印刷の歴史に多大な影響を与えた記録遺産としてその価値が認められています。

朝鮮王朝儀軌(2007年指定)

朝鮮王朝儀軌

朝鮮王朝儀軌とは朝鮮時代に行われた王室の重要な行事や国家の建築事業などを文字と絵で記録した書籍です。儀軌には儒教の伝統に則って行われていた王室の結婚式や世子の冊封、王の行次(行列を引き連れて外出すること)、葬式などの行事の詳細が主に絵で記録されています。国の行事が行われているその場で絵を描き、説明を入れたもので、朝鮮王室の行事の規模や美しさなど、儀軌に盛り込まれた情報は歴史研究に高い資料価値を持っています。

高麗大蔵経板および諸経板(2007年指定)

高麗大蔵経板および諸経板(2007年指定)写真提供:文化財庁

高麗大蔵経は大蔵経の版木が8万枚であることから「八万大蔵経」と呼ばれています。高麗大蔵経板は高麗王朝の後援により進められた事業で、諸経板はそれとは別に海印寺の後援で制作されたものです。1098年から1958年に制作された5千枚以上の木彫りの諸経板が海印寺に保管されています。いずれも体系的で、細かい部分にまで注意を払いながら準備され、統一された書体で美しく刻まれており、当時最高の印刷技術の事例として文化的価値が非常に高いものです。

東医宝鑑(2009年指定)

東医宝鑑 (2009年指定) 写真提供:文化財庁

東医宝鑑は東洋医学の理論と実際という意味で、疾病ごとの原因、症状と処方などを体系的に整理した総合医学書です。王の命により、医学専門家と学者が協力し、許浚(ホ・ジュン)が書籍を作り上げました。この書籍には実際に患者の治療にあたりながら経験した医学情報の他、中国と韓国の様々な医学知識がひとつに集められ、整理されています。また病気を未然に防ぐ方法を多くの民衆が理解できるよう、漢字とハングルを使って書き記されています。

日省録(2011年指定)

日省録(2011年指定)写真提供:文化財庁

日省録は、朝鮮時代の歴代の王が自らの統治に対する反省と今後の国の統治に参考になるような内容が書き記された日記です。朝鮮の第22代国王「正祖」が王位を継承する前から書き始めた日記がその始まりとされています。正祖が王位に就き、奎章閣(王室図書館)の臣下にも日誌を書かせて承認を受けさせるようにしたため、国の公式的な事柄を記録する用途に変わっていきました。よってこの作業は単純な歴史の記録ではなく、18~20世紀までの東・西洋の政治や文化交流についての詳しい説明と世界の流れを知ることができるという点で世界史にとって価値があるものといえます。

1980年人権記録遺産5.18光州民主化運動記録物(2011年指定)

5.18光州民主化運動記録物(2011年指定)写真提供:文化財庁

1980年5月18日から27日まで韓国の光州で起きた5.18光州民主化運動に関する記録物です。5.18光州民主化運動記録物は市民の抗争および加害者の処罰、補償に関する文書、写真、映像など、様々な形態で残されています。


乱中日記:李舜臣将軍の陣中日記(2013年指定)

乱中日記(2013年指定)写真提供:文化財庁

乱中日記は韓国の国民から尊敬される英雄「李舜臣(イ・スンシン)」将軍が壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に書いた日記です。壬辰倭乱が始まった1592年1月から、李舜臣将軍が勝利を目前に戦死した1598年11月の露梁海戦までの出来事が、ほぼ毎日記録されています。戦争中に軍司令官が経験したことが記された類まれな日記です。李舜臣将軍の考え、当時の天候、戦争が起きた場所の地形、市民が生活する姿などがつぶさに記されている他、韓国人が愛する詩も多数含まれているため、文学的価値もあります。

セマウル運動記録物(2013年指定)

 定林寺址写真提供:文化財庁

セマウル運動は農民たちの自発的な参加と韓国政府の積極的な支援体制によって成功を収めた地域開発運動です。勤勉、自照、協同の3つの精神が農村の住民たちの間に広がり、貧国であった韓国が急速な経済成長と民主化を成し遂げました。韓国人のこうした精神と経験は、急速に国家発展を成したひとつの成功事例として国際社会から注目されました。セマウル運動記録物は1970年~1979年まで韓国で展開されたセマウル運動に関する記録物で、大統領の演説文、政府文書、村単位の記録物、手紙、セマウル運動教材、写真、映像などがあります。

韓国の儒教冊版(2015年指定)

 韓国の儒教冊版(2015)写真提供:文化財庁

韓国の儒教冊版は朝鮮時代の学者の本を印刷し、発刊するために作られた冊版です。305の家から寄託された6万枚以上の木版で、様々な時代の文学、政治、経済、哲学などの内容で構成されています。この冊版は様々な地域の有識者の共同体が長年に渡って作ってきたもので、学問的な媒介となり、これにより学者たちは集団的知性を形成するようになりました。また、本の制作を議論・決定し、費用を負担する共同体出版は、世界に類を見ない形態です。

KBS特別生放送『離散家族を探します』記録物(2015年指定)

 韓国の儒教冊版(2015)写真提供:文化財庁

離散家族の苦悩と再会の瞬間を収めたKBS特別生放送『離散家族を探します』は、テレビ媒体を利用した世界最大級の離散家族を探す番組です。435時間45分もの時間をかけて生放送で実施されたこの番組では、5万件以上の離散家族の事情が紹介され、1万件の離散家族の再会が成し遂げられました。KBS特別生放送『離散家族を探します』の記録物には、KBSが1983年6月30日から11月14日までの放送期間138日間に生放送したビデオ録画の原本テープ463本、担当プロデューサーの業務記録、離散家族が作成した申請書、毎日の放送進行表、キューシート、記念音盤、写真などが含まれています。

朝鮮王室の御宝と御冊(2017年指定)

朝鮮王室の御宝と御冊(2017年指定) 提供:文化財庁

朝鮮王朝の王位は世襲制でした。国王の座を継ぐ王室の継承者は、王位に就く前、王世子や王世孫に冊封される典礼を経なければなりませんでした。御宝と御冊は、こうした典礼の際に製作されたもので、これには統治者として身につけるべき徳目が記されています。

王世子や王世孫に冊封されれば、その証として、国王から儀礼用印章「御宝」、竹に冊封または名称を授与する文言が刻まれた「竹冊」、彩色した絹地に責任を尽くすよう戒め諭す文言が書かれた「教命」を受け、そうすることで王権継承者としてその正統性を認められました。王朝の永遠なる持続性を象徴する御宝とそれを注釈した御冊は、王には正統性を、死後には権威を保証する神聖さを付与し、それにより崇拝されました。こうした面から、冊宝は王室の政治的安定を確立するのに大きく貢献したことがわかります。これは人類文化史からみた場合、非常に独特な文化様相を表出したという点において、その価値が非常に高い記録文化遺産といえます。

朝鮮通信使記録物~17世紀から19世紀の韓日間の平和構築と文化交流の歴史~(2017年指定)

朝鮮通信使記録物~17世紀から19世紀の韓日間の平和構築と文化交流の歴史~(2017年指定) 提供:国立中央博物館

朝鮮通信使記録物(朝鮮通信使に関する記録)は、1607年から1811年までの間、江戸幕府の要請で12回にわたって、朝鮮国から日本国へ派遣された外交使節団に関する資料を総称するものです。 この資料は歴史的経緯から韓国と日本に存在しています。 朝鮮通信使は16世紀末、豊臣秀吉が朝鮮国を侵略後に断絶していた国交を回復し、両国の平和的な関係構築・維持に大きく貢献しました。朝鮮通信使に関する記録は外交記録、旅程の記録、文化交流関係記録で構成された総合資産であり、朝鮮通信使の往来により両国の国民は憎悪と誤解を解くとともに相互理解を深め、外交だけでなく学術・芸術・産業・文化など、さまざまな分野において活発に交流し、多くの成果を出すことができました。 したがって、この記録は両国の歴史的経験によって証明された平和的遺産であり、知的遺産といえ、恒久的な平和共存の関係と異文化の尊重を志向しなければならない人類共通の課題を解決することにおいて顕著且つ普遍の価値を持っています。

国債報償運動記録物(2017年指定)

Photo credit: Cultural Heritage Administration 提供:文化財庁

国債報償運動記録物は、国が背負った借金を国民が返すため、1907年から1910年まで続いた国債報償運動の全過程を記したものです。韓国の男性は酒とタバコを断ち、女性は指輪やかんざしを差し出し、妓生や盗賊までもが義捐金を出すなど、国民の約25%がこの運動に自発的に参加しました。 韓国の人々は全国民的な寄付運動を通じて国家が背負った外債を返済することで国民としての責任を果たそうとしました。韓国の国債報償運動はイギリスのジャーナリストが韓国で発行する英字新聞によって西洋諸国に知られるようになり、また、海外留学生や移民が外国で発行する新聞を通じて海外に知られるようになりました。

また、1907年オランダのハーグで開かれた「第2回万国平和会議」において国債報償運動が全世界に知られるようになり、外債で苦しむ国々にとって大きな刺激となりました。それから90年後の1997年、アジア通貨危機が発生した際、韓国では「金集め運動」という第2の国債報償運動が起きました。当時、国家破綻の危機的状況にあり、韓国国民は家に保管していた金の指輪を寄付する国民的運動を展開することで国債報償運動を再現しました。このように国債報償運動の精神は、市民の連帯によって債務者の責任を果たすことで国難を乗り越える人類普遍の精神であり、今も息づく精神だといえます。

こうした点から韓国の国債報償運動記録物は、国家的危機に対して自発的に対応する「市民の責任」の底力を見ることのできる歴史的記録となっています。

最終更新日:2017年11月3日