江華物語

龍興宮

きこりの青年が王様になった家
龍興宮

Sunja seeing her mother weaving fabrics 【 元範を迎えに来る絵の江華行列図。平壌朝鮮美術館所蔵。縦149cm、横434cm、絹に彩色した12枚の屏風。江華行列を見下ろす、きこりの元範 】

1849年8月のある日。風に乗っておかしな音が聞こえてきます。ドンドン!一体何の音でしょう。今年で19歳を迎えた江華島(カンファド)で暮らすきこりの元範(ウォンボム、哲宗の幼名)は薪を積んだ背負子を坂道に立たせて一息ついているところでした。人々が慌ただしく通り過ぎ、三々五々集まって騒がしいです。漢陽(現在のソウル)から大勢の人々が訪れたようです。村の下に見える蟻の行列のような群れがそれらしいです。文武百官や王室、軍事を含めて約500人が船に乗って江華島に入り、甲串渡し場の鎮海楼を通って江華山城の南門をくぐりました。生まれて初めて見る壮観なので、全ての江華島民が見物に来ました。馬に乗った禁軍別将(近衛兵の司令官)が先頭に立ち、領都将(儀仗隊の指揮官)と纛(旗)に続き、王のお出ましを知らせる蛟龍旗が後を追います。後ろには王様が乗る馬車の御駕まであります。王様が江華島へお越しになったのでしょうか。

Sunja checking the completed sochang cotton cloth 【 龍興宮で御駕に乗る元範 】

それは違うでしょう。元範は大人たちの話を思い出しました。朝鮮の第24代王の憲宗が息子がないまま崩御して今は王がいないという話です。ひょっとして次の王様が決まったのでしょうか。彼も気になって足を運びました。
ところが漢陽から来た人たちは元範のことを探しています!彼は訳が分からないまま山の方に逃げようとしましたが、手足がガクガク震えて身動きがとれません。その時、素敵な服装をした人が彼に向かって丁寧にひざまづきます。朝鮮第22代王の正祖の異母兄弟である恩彦君の孫が元範だと言うのです。それでは元範が王族ということでしょうか。恩彦君は謀反にかかわったせいで家族が離れ離れになりました。

恩彦君の息子であり、元範の父親の全渓大院君は江華島に逃げ、王族であることを隠して過ごしていましたが、元範が11歳の時に亡くなりました。何も知らない元範は兄と一緒に農作業やきこりで生計を立てていました。隠れて暮らしていたため、元範は字を習うことすらできませんでした。しかし、なんということでしょう。そんな彼が王様になるなんて!元範は結局、王の御駕に乗りました。彼を奉迎する行列はとても騒がしく、江華島から漢陽都城まで47kmの道中に大勢の人々が集まっている光景はなかなか壮観でした。元範は朝鮮第25代王・哲宗(1831~1863年、在位1849~1863年)になり、彼が住んでいた家は藁葺きから瓦葺きに変わり、「龍が興る」という意味の龍興宮と名付けられました。朝鮮では龍が王を象徴したため、龍興宮は王が現れた場所という意味になります。

More Info
  • 住所: 仁川広域市江華郡江華邑東門アンギル21番ギル16-1
  • 電話: 032-930-3626
  • アクセス: 聖公会江華聖堂の手前で東門アンギル21番ギルの方に進む。
  • 旅行作家おすすめのグルメ店: イロクチョ食堂(032-934-3985)の塩辛スープカルビが有名です。
  • 周辺名所: 聖公会江華聖堂、高麗宮址、金尚容殉節碑、沁都織物の煙突
  • 龍興宮のアンチェ(母屋)【 龍興宮のアンチェ(母屋) 】
  • 龍興宮の入口【 龍興宮の入口 】
  • 龍興宮の外観【 龍興宮の外観 】
  • 龍興宮のサランチェ(別棟)【 龍興宮のサランチェ(別棟) 】
  • 哲宗が王になる前に住んだ家であることを説明する碑石がある哲宗朝潜邸旧基【 ソムン・キンパプ 】
  • ソムン・キンパプ【 哲宗が王になる前に住んだ家
    であることを説明する碑石がある
    哲宗朝潜邸旧基 】