江華物語

大韓聖公会江華聖堂

朝鮮初の韓屋礼拝堂、
大韓聖公会江華聖堂

建設初期の聖公会江華聖堂。写真提供=仁川市 【 建設初期の聖公会江華聖堂。写真提供=仁川市 】

1889年、イギリスのウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)のジョン・コーフ神父(Charles John Corfe、韓国名は高要翰、1843~1921年)が朝鮮の初代教区長に任命されました。コーフ神父は医師や修女、看護師と一緒にシンガポール、香港を経て6ヶ月かけて朝鮮の仁川港に到着しました。仁川で医療活動を行った後、江華島(カンファド)に来て甲串里の海辺にある古びた家で布教活動をしました。こうして7年間を過ごした彼は高要翰(コ・ヨハン)という韓国名を得ることになり、金煕俊という最初の洗礼者も誕生しました。そろそろ聖公会聖堂を建てる時が来たようです。

聖堂の建築現場で指揮している神父様 【 聖堂の建築現場で指揮している神父様 】

ゴシック?ロマネスク?それともドーム様式?悩みに悩んだ末、彼は朝鮮最高の建築家で景福宮の修復にも携わった大工棟梁に相談しました。「白頭山で育った樹齢100年以上の赤松が必要です」と大工棟梁に言われ、木材の手配は2代目司教のターナー神父(Arthur Beresford Turner、韓国名は端雅徳、1862~1910年)が担うことになりました。ターナー神父は白頭山に行って樹齢100年以上の赤松を見つけた後、それをいかだにし鴨緑江から西海を通って江華邑まで運びました。運搬するだけで6ヶ月がかかり、乾燥作業にまた6ヶ月…西洋から来た外国人にはあまりにも過酷な作業だったのでしょうか。ターナー神父は過労が原因で病気になり、結局、亡くなりました。

聖堂の建立は3代目司教のトロロープ神父(Mark Napier Trollope、韓国名は趙瑪可、1862~1930年)に受け継がれました。ノアの方舟に似た聖堂は、船頭に当たる部分に出入口、中央に聖堂、船尾の方に司祭館を配置しました。大門には十字架をイメージした太極文様を入れ、「天主聖殿」の扁額と鐘楼で仏教方式を取り入れました。また、聖堂は朝鮮伝統の建築方式に従いクギを使わず木を一つ一つ組み合わせて建てました。外から見れば2階ですが、中は中二階の構造で設計され、250人の信者を収容することができます。聖堂内部はバシリカ様式で、イギリスから持ってきたアーチ型ドアと窓ガラスから降り注ぐ光は神聖な雰囲気を醸し出します。 1900年11月15日。ついに聖公会江華聖堂(ソンゴンフェ・カンファソンダン)が完成しました。韓国文化をよく理解した上で緻密な構想、設計とともに宮殿の工事にかかわった大工の豊富な経験と技術によって出来上がった傑作です。東洋と西洋が調和したこの聖堂では、今でも週末にはミサが開かれています。

More Info
  • 住所: 仁川広域市江華郡江華邑官庁ギル27番ギル10
  • 電話: 032-934-6171
  • アクセス: 高麗宮址に行く道の右側にある龍興宮公園を過ぎて上った先である。
  • ミサの時間: 日曜日午前7時・9時・11時(所要時間約1時間30分)
  • Tip: 夜にはライトアップされてもっと美しいです。
  • 旅行作家おすすめのグルメ店: ローリングライス江華郡庁店(032-934-1154)はビビンバ、トッポッキ、ラーメンが食べられる軽食の店で、イロクチョ食堂(032-934-3985)は塩辛スープカルビが有名です。タオン(032-933-5117)はチョリポンポン・ラテが人気メニューです。
  • 周辺名所: 龍興宮、高麗宮址、江華観光プラットホーム、沁都織物の煙突。
  • 聖公会江華聖堂の様子【 聖公会江華聖堂の様子 】
  • 聖堂内部のバシリカ様式【 聖堂内部のバシリカ様式 】
  • 江華聖堂の旗、祝聖式の当時に使った聖堂旗には江華聖堂の守護聖人であるペトロの「天国の鍵」とパウロの「霊の剣」が絹に刺繍されている。【 江華聖堂の旗、祝聖式の当時に使った
    聖堂旗には江華聖堂の守護聖人
    であるペトロの「天国の鍵」
    とパウロの「霊の剣」が絹に刺繍されている。 】
  • タオンのチョリポンポン・ラテ【 タオンのチョリポンポン・ラテ 】
  • 聖公会江華聖堂の正面【 聖公会江華聖堂の正面 】
  • 聖公会江華聖堂を建てた神父3人の碑石。右から1代目司教のコーフ神父、2代目のターナー神父、3代目のトロロープ神父の碑石【 聖公会江華聖堂を建てた神父3人の碑石。
    右から1代目司教のコーフ神父、2代目のターナー神父、
    3代目のトロロープ神父の碑石 】