江華物語

大明軒

独立運動家の金九が過ごした家、
大明軒

大明軒のヌマル(高床の縁側) で子供たちを教える金九 【 大明軒のヌマル(高床の縁側) で子供たちを教える金九 】

1876年、黄海道の海州で男の子が生まれました。金昌洙(キム・チャンス、号:白凡) です。新羅王朝(紀元前57年~西暦935年)の最後の王・敬順王の子孫です。国を失った最後の王の子孫だったからでしょうか。朝鮮王朝の最後の王・高宗(在位1863~1907年)時代の彼は愛国心が強い青年に成長しました。彼が20歳になった1895年、日本の刺客たちが朝鮮の正宮の景福宮に乱入して国母だった明成皇后を暗殺する事件が起きました。日本の蛮行に怒り、彼は1896年2月、鵄河浦で変装した日本人中尉を殺しました。そして「国母の恨みを晴らすためにこの日本人を殺した」という文と名前を残しました。彼は結局逮捕されて裁判で死刑宣告を受けました。

この時、裁判所で彼の態度や言動に深く感心した人がいました。その人は江華島出身の金周卿(キム・ジュギョン)です。虎のような気迫と風貌はもちろん、裁判官に怒鳴りつける20代の彼の堂々とした態度に、40代だった金周卿は尊敬の念を抱きました。この時から金周卿は彼の仮釈放のために百方手を尽くします。しかし、思い通りに行かず死刑を避けることはできませんでした。「国のためにやるべきことが山ほどあるのに刑務所で死ぬわけにはいかない」と思った金昌洙は脱獄を決心しました。天からの助けでしょうか。金周卿は看守たちを買収して金昌洙の脱獄を手伝いました。金昌洙は収監されて1年8ヶ月ぶりに脱獄し、中国の上海とロシアのウラジオストクに行って独立運動を続けました。そのために「金昌洙」という本名は「金九(キム・グ)」に変えました。独立運動の途中で一時帰国した彼が真っ先に会いに行った人物は江華島の金周卿でした。しかし、彼は逃亡していたため、行方が分からず会うことができませんでした。その代わりに彼の弟に会い、彼の家のサランバン(居間兼客間)で3ヶ月間約30人の子供たちに「童蒙先習(初等教科書)」「千字文」などを教えました。金九はこの時になって金周卿をはじめ多くの人々が自分を助けるために緻密な計画を立て、金周卿は全財産を使いきってしまった上に、彼が自分の命の恩人だったことを知りました。

金周卿の息子の手を握って泣きじゃくる金九 【 金周卿の息子の手を握って泣きじゃくる金九 】

解放直後の1946年、金九は真っ先に江華島にある金周卿の家を訪ねましたが、すでに客死したと聞いて彼の息子と手を取り合って大泣きしたそうです。3年後、金九は京橋荘で銃に撃たれ死亡しました。臨時政府の主席だった金九と金周卿との縁は江華島の大明軒(テミョンホン)にそのまま残っています。

More Info
  • 住所: 仁川広域市江華郡江華邑南門アンギル7
  • 電話: 032-934-2021
  • アクセス: 江華山城南門から南門アンギルに沿って協同敬老堂の方に200mを進む。
  • 旅行作家おすすめのグルメ店: 豆腐料理がおいしいトゥチョンガ(032-932-1122)とおかずがいっぱい出てくる韓国家庭料理のソクチョンドルソッパプ(032-934-8433)があります。黄色をテーマにしたバグダッドカフェ(032-932-5156)はコーヒーがおいしいです。
  • 周辺名所: 江華山城南門、江華風物市場
  • 大明軒の入口【 大明軒の入口 】
  • 金九の記念写真【 金九の記念写真 】
  • 金九の胸像【 金九の胸像 】
  • 家のあちこちの窓ガラスに彫られた摩尼山【 家のあちこちの窓ガラスに彫られた摩尼山 】
  • 大明軒の庭と建物【 大明軒の庭と建物 】
  • オンドル床の大明軒の部屋内部【 オンドル床の大明軒の部屋内部 】
  • コーヒーがおいしいバグダッドカフェ【 コーヒーがおいしいバグダッドカフェ 】
  • 独立運動家をかくまってくれた大明軒の地下空間入口【 独立運動家をかくまってくれた
    大明軒の地下空間入口 】
  • 江華観光情報を提供する江華観光プラットホーム【 江華観光情報を提供する江華観光プラットホーム 】