第3回 |
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『篤く三宝を敬え 三宝とは佛法僧なり』 2008年の春(三月)、大韓仏教曹渓宗・仏教文化事業団と韓国観光公社によって制定された『韓国三十三観音聖地』の事業に協力するために、年の瀬が迫った十二月八日から十一日まで、韓国観光公社からの依頼で三泊四日、初めての視察訪韓の旅に出た。その際に、さまざまなご縁で深い関係をいただいている曹洞宗前管長・板橋興宗禅師(福井県越前市・御誕生寺現住職)から「釜山へ入るならば、衲が現職管長の時に訪韓した際、大変世話になった観音寺のご住職を訪ねてくれないか」との依頼を受け、訪韓初日、夕闇迫る釜山市街地の観音寺を訪問したのである。 挨拶を終え、板橋禅師さまからのご伝言を伝え、今回訪韓の意図を告げて話しが進むにしたがって、観音寺のご住職(知玄スニン)が翌日訪問を予定していた松廣寺と単に繋がりがあるだけではなく、松廣寺・律院の責任者(院長)という重席を務める人であることが判明し、翌日の松廣寺訪問に関して、充分な配慮の連絡を入れていただける次第となった。結果、松廣寺でのテンプルステイでは前住職・法興宗師の居室に泊めていただき、極めて丁寧な接待を受けることができた。以後今日まで、一年足らずの間に十回にわたった視察訪韓で、何度か観音寺を訪れ、互いの親しさが増すにつれて、寺院相互の横の繋がりを通して、訪問先となる各寺院に対して、さまざまな配慮をしていただけたのである。 釜山・観音寺は、『韓国三十三観音聖地』に含まれる寺ではないが、最初に訪れた韓国の寺が、たまたま『観音寺』であったことも、誠に不思議な縁といわねばなるまい。また、韓国の五大本山(三宝寺院に修徳寺、白羊寺を加えた)には、住職の上位に方丈と呼ばれる、それぞれの寺の象徴的立場に立つ最高責任者としての高僧が存在するが (他の二十の本山では、祖室と呼ばれる)、観音寺の知玄スニンは、松廣寺の方丈さま(パンジャン・スニン)が愛弟子として、そのこころを許している側近中の側近であり、療養のために松廣寺を離れて、しばしば観音寺に滞在される松廣寺の方丈さま、日本語の堪能な菩成パンジャン・スニンに何度かお会い出来たことも、大変にありがたいことであったと思う。
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