慶尚北道にある慶州は世界でも指折り数えられる古都の一つです。ローマ帝国のローマ、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)、イスラム帝国の首都バグダッド、唐の首都長安(現在の西安)など世界的な古都とならび、慶州は千年の帝国、新羅の首都です。一つの王朝が千年続いたという事実も驚きですが、慶州がその千年の間、変わらず王朝の首都であり続けたという事実もまた驚きです。

慶州は紀元前57年から935年まで新羅の首都であり、この期間の間に全部で56人の王が起居しました。韓国最古の史書『三国遺事』によると、新羅の全盛期であった8世紀、慶州には17万8936戸の家があったとされ、おおよそ80万人を越える人口が慶州で生活していたと考えられています。前に列挙した代表的な外国の古都も当時これほど繁栄してはいませんでした。
さらに、慶州は韓国精神文化の故郷とも言える場所です。韓国文化の原形をつくった数多くの説話と伝説が慶州を中心とする新羅から始まりました。現在の韓国語も慶州地方の昔の新羅語を語源とするものが多いといいます。

慶州にはユネスコ世界文化遺産が二つもあります。一つは韓国仏教最高の傑作に選ばれる「石窟庵・仏国寺」、もう一つは「慶州歴史地区」です。二つの遺跡はもちろん新羅の遺産です。慶州が歴史地区という名前で登載されたのは、慶州全体に遺跡が数多く残っており、慶州の都心だけで新羅の古墳150基余りが集まっているため、遺物一つ一つを申請することが出来ず地域一帯でまとめて登録されたというわけです。
慶州歴史地区はその性質によって5ヶ所の地区に区分されます。数多くの仏教遺跡を残している南山(ナムサン)地域、新羅王朝の宮殿がある月城(ウォルソン)地区、新羅の古墳が集まっている大陵苑(デルンウォン)地区、巨大寺刹・黄龍寺(ファンリョンサ)の址が残っている黄龍寺地区、首都慶州を守っていた明活山城、山城(サンソン)地区です。この5つの地区が集まって慶州歴史遺跡地区を形成しており、ユネスコに登録された文化財の数は52にのぼります。このうち、歴史的意義のある3つの場所を紹介します。

More...
|