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テコンドー

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約1700年に渡り仏教の歴史を維持してきた韓国各地には、
長い歴史と輝かしい仏教文化を守り続けてきた寺々があります。
それぞれ興味深い創建説話をもとに建てられ、仏像、仏話、仏塔、
鐘など価値ある仏教文化財を保有しています。
韓国の寺は主にその地方にある名山の奥深くに位置しており、
大部分が川や山、渓谷、海などの大自然と調和し心の平穏を取り戻そうと訪れる人たちにとって安息の地となっています。寺は僧侶と信者がそこで過ごしながら仏道を磨き、教理を説く場ですが、最近では座禅体験や瞑想などをテーマに多様なテンプルステイプログラムも準備されており、一般の人たちの参加も増えてきています。
韓国の寺の中には仏様の真身舎利(仏様の骨と精気が燃えて残った、玉の形をした遺骨)が祭られている通度寺と法興寺、世界記録文化遺産である高麗大蔵経板のある海印寺、テンプルステイで有名な奉恩寺と華渓寺、自然景観が特に美しい百潭寺と洛山寺など、それぞれ違う特徴を持った寺があります。
ここでは地域別に分け、それぞれの寺を代表する特徴を紹介します。
ソウル

曹渓寺
ソウルの真ん中、鐘路区に位置する曹渓寺は境内に韓国仏教の代表宗団である大韓仏教曹渓宗の行政機関があり、仁寺洞、景福宮、昌徳宮などと共に韓国伝統文化区域を形成している一つで、外国人観光客が多く訪れる名所です。曹渓寺の庭にある樹齢500年のエンジュの木は高さ26m、幅4mにもなりソウル市の保護樹に指定されました。

妙覚寺
ソウルの都心、駱山の麓に位置する妙覚寺は1930年に太虚僧により建てられました。風水地理説によるとここに寺を建てるとソウルに平安が訪れるとされています。地理的条件上、妙覚寺では崇仁洞一帯のソウル市街地が一目で見渡せ、忙しい都心の風景とゆったりとした寺の雰囲気をともに感じることができます。

奉恩寺
奉恩寺は現代的なビルと最先端の文化が共存する江南の三成洞に位置する伝統寺です。現在、大雄殿をはじめとするいくつかの殿閣と弥勒大仏などから成る奉恩寺は、都心の中にありながら周囲の森とともに山寺の姿を残しています。そんな魅力に惹かれてか、一日に平均1万人以上の信徒と300人を超える外国人観光客が訪れています。

津寬寺
津寛寺はかつて東の仏岩寺、南の三幕寺、北の僧伽寺と共にソウル近郊の4大名刹といわれたほど名の知れたお寺です。ソウル北西の繁華街である延新内から約4km離れたこの寺は、2009年に七星殿を修理する際に独立運動に関連した遺物が発見され現在も関連研究が進行中です。

華渓寺
1522年、北韓山の浮虛洞にあった宝德庵を移して建てたものです。華渓寺はここで修行をした嵩山僧(1927~2004)が全世界を回り5万人を超える外国人の弟子を育てながらその名が知られるようになり、現在でも多くの外国人僧が修行をしています。外国人対象のテンプルステイが活発に行われており日曜日は英語で法文を聞くこともできます。

 
京畿道

龍珠寺
龍珠寺は朝鮮第22代の王である正祖(1752~1800)が父である思悼世子(1735~1762)のために1790年に建てたものです。正祖に関連した文化財が展示されていて大雄殿には朝鮮後期の有名画家である金弘道(1706~?)の絵だと伝えられている後仏幀画があります。寺を囲む塀と森とが調和しひっそりとして穏やかな印象を受けます。

神勒寺
川に隣接した神勒寺は朝は霧が立ち込め、夕方には夕焼けが空と川を真っ赤に染める、そんな場所に位置しています。神勒寺は麗州の美しい八つの風景を意味する「麗州八景」の一つ目に数えられ、寺の名前と関連した伝説があるなど探究心をかきたてます。祖師堂、多層塼塔など多数の文化財も保有しています。

蓮灯国際禅院
外国人の布教に精力的に活動してきた円明僧(1950~2003)が1997年に蓮灯国際仏教会館の開館10周年を記念して建てたものです。ソウルと近い江華島にあり、外国人僧が常在しているためテンプルステイには多くの外国人が参加しています。体験型テンプルステイや休息型テンプルステイ、4泊5日で行われるプログラムなどを運営中です。

龍門寺
龍門寺は寺を守っている樹齢1,100年、高さ62mの東洋で最も大きい銀杏の木(天然記念物第30号)があることで有名です。龍門寺は約千年の長い歴史を守り続けてきた寺ですが古くなった建物がありません。朝鮮末期から大韓帝国時代にかけて義兵たちの本拠地となり、1907年に日本軍の攻撃により焼失し韓国戦争当時、龍門寺の戦いによって再び焼失しました。以降、幾度かの仏事を経て現在に至っています。

伝灯寺
江華島に位置する伝灯寺は城郭(三郞城)が山全体を囲んでおり城門を通って寺へ入るようになっています。伝灯寺は381年に建てられたと伝えられていますが、これが事実であれば現在韓国で最も古い寺ということになります。高麗・朝鮮時代にかけて政治、文化的に重要だった寺で、大雄宝殿や薬師殿などいくつかの文化財を保有しています。

 
江原道

新興寺
秋の雪獄山は紅葉が非常に美しく、全国から人が訪れます。652年に創建された新興寺は雪獄山の東側の広い範囲を所有し雪獄山を保護してきたお寺です。中には1647年に建てられた極楽宝殿と高さ14.6mの統一大仏があります。境内からは雪獄山の絵のような風景を観賞することができます。

月精寺
ソウルから車で2時間の距離にある五台山月精寺は643年に慈蔵律師(590?~658?)により創建されました。月精寺のモミの木林は歩いてみたい道の一つに選ばれ、特に月精寺から上院寺まで9kmに及ぶ道路は舗装されておらず、自然そのままの趣を存分に感じることができます。八角九層石塔は月精寺で最も有名な文化財で、塔の前には両手を合わせ拝んでいる石像菩薩座像があります。

亀龍寺
伝説によると稚岳山渓谷に位置した現在の寺跡は9匹の龍が住む深い池でした。義相僧(625~702)が寺を建てようとしたところ、この龍たちが妨害したため僧は御札で水を熱くし龍たちを追い出しました。その後、寺を建て「九匹の龍が住んだ場所」という意味から九龍寺(668年創建)と名付けました。そして朝鮮中期以後、寺の入り口に亀の形をした岩があることから、漢字が変わり現在の亀龍寺になったといいます。江原道有形文化財に指定されている普光楼があり、他の寺と違ってお爺さんとお婆さんの姿をした二つの山神を祭っている山神閣が特徴です。

洛山寺
東海を挟み松の木がとても美しい山の麓に洛山寺はあります。洛山は梵語「補佗洛伽山」の略語で「観世音菩薩がとどまる場所」という意味を持っており、昔から関東八景の一つに選ばれるほど美しい景観を誇っています。東海を見下ろす海水観音像、美しい日の出が見られる義相台、海沿いの絶壁の上に建てられた紅蓮庵は洛山寺のなかでも特に外せない名所です。

百潭寺
雪獄山の西側、奥深い所にある百潭寺は燃えるように真っ赤な紅葉で覆われる晩秋の風景が非常に美しいところです。百潭寺は韓国仏教の革新を主張した僧であり、『ニムの沈黙』を書いた詩人でもある独立運動家、萬海 韓龍雲(1879~1944)が出家したお寺として有名です。彼が残した遺物、800点余りを展示している萬海記念館も運営しています。

法興寺
寂滅宝宮とは仏様の化身ともいえる真身舎利を祀っている場所を言いますが、五台山の上院寺、太白山の浄岩寺、霊鷲山の通度寺、雪獄山の鳳頂庵とともにここ法興寺もその一つでこの5ヶ所を5大寂滅宝宮と呼びます。寂滅宝宮は釈迦牟尼の寂滅宝宮が祭られているため別で仏像を安置しません。寂滅宝宮の後ろにはこの寺を建てた慈蔵律師が真身舎利を祀り、修道していた場所だと伝えられている土窟と舎利塔があります。

三和寺
頭陀山の麓に位置した三和寺は642年に慈蔵律師(590~658)が黒蓮台という名前で建てたという説が最も有力です。三和寺という現在の名称は後三国を統一する高麗(918~1392)を開創した太祖王権が「三国が一つに和合した」という意味から付けた名前です。7~9世紀の間に造られた鉄の大仏と9世紀中頃以前に建てられた3層石塔の二つの重要な文化財があります。

 
忠清道

麻谷寺
麻谷寺が位置する場所は昔の地理書や預言書、鄭鑑録の中で「戦争が起きても安心して住める場所」の一つとされ、寺のどこを見ても美しいことで有名です。渓谷の奥深くに位置し聖宝文化財が多く、そのうち麻谷寺で最も歴史ある殿閣の霊山殿とラマ教の影響を受けた5層石塔が見所です。

法住寺
俗離山の麓に位置する法住寺は553年に義信僧により創建されました。義信僧はインドから帰国した後、白いロバに仏典を積んで寺を建てる場所を探し回っていたところ、現在の法住寺の場所でロバの動きが止まりそれ以上その場を離れようとしなかったため、ここに寺を建てたのだといいます。そして、仏様の法がとどまるという意味で法住寺と付けました。高さ33mの金銅弥勒大仏が祀られており捌相殿という5層の塔や韓国3大仏殿の一つである大雄宝殿などいくつかの文化財があります。

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修徳寺
修徳寺は創建年代が不明確で大体、百済の威徳王(在位554~598)の代に創建されたものとみられています。修徳寺は朝鮮後期、禅宗を栄えさせた大禅師、鏡虚(1849~1912)僧と彼の弟子であり共に寺を建て多くの弟子を輩出した満空(1871~1971)僧で有名です。開化期であった当時、新式の教育を受けた女性として有名だった文筆家一葉僧(1896~1971)もまた修徳寺が生んだ素晴らしい禅師です。

甲寺
鶏龍山の西のふもとに位置する甲寺は都心から割と近く周囲が美しいため多くの人が訪れる場所です。甲寺の創建についてはいくつかの説があり、義相僧(625~702)によってその規模が拡大されました。鉄幢竿やそれを支えるための支柱、月印釈譜目板木、掛仏幀画など多くの文化財が保存されています。

浮石寺
韓国には浮石寺という名前を持った有名な寺が二つあります。忠清南道瑞山にある浮石寺と慶尚北道栄州の浮石寺です。ここ瑞山の方は規模が大きくはありませんが歴史的に有名な鏡虚僧(1849~1912)と満空僧(1871~1946)がここで修行をしました。深い森に囲まれた浮石寺に近い西海岸には様々な渡り鳥が飛んでくるなど、仏教伝統に加え生態環境という新たな見所が加わりました。

 
慶尚道

孤雲寺
孤雲寺は実に雅やかで穏やかな寺です。681年に義相僧(625~702)が創建したこの寺の庭の一方にある延寿殿は、対極模様をはじめとする華麗な模様が印象的です。また、羅漢殿の前から眺める寺の風景が特に美しいことで有名で、見る人の動きに合わせて目が動くという虎の壁画が寺の中に隠れており一度探してみる価値があります。

桐華寺
ほのぼのとした雰囲気が感じられる桐華寺は大邱を代表する名山である八公山の南側の麓に位置しています。493年に極達僧により瑜伽師という名前で建てられ、その後名前を桐華寺に変えました。長い歴史にふさわしく数多くの宝物級の文化財を保有しており、その中で1992年に造られた統一薬師如来大仏は高さが実に17mにも及びます。

梵魚寺
釜山は韓国戦争(1950~1953)の被害がなかった都市として戦争中にも金井山に位置する梵魚寺では修行の熱気が冷めることなく続いていました。そのため現代の韓国の高僧のなかには梵魚寺で修行をした僧が多く、釜山は仏教信者が多い都市だと言われるのもこれに関係しています。678年に規模が拡大された梵魚寺は幾度かの焼失と改築を繰り返しながらも、現在では海印寺、通度寺とともに慶尚道の3大寺刹として嶺南仏教の中心となっています。

双磎寺
4月の花市場から智異山の双磎寺までの4kmに及ぶ桜並木はひらひらと散る花びらが非常に美しいところです。722年に大悲僧と三法僧により建てられた双磎寺は梵唄(寺で経文に節をつけて歌う唄)のふるさととして有名で多くの梵唄の名人たちを輩出しました。また、9世紀初めに真監国師(774~850)が智異山に茶畑を造成し、随分昔から韓国の伝統茶の脈を継いでいる場所でもあります。

銀海寺
八公山の南に位置する銀海寺は809年、惠哲国師(785~861)が現雲浮庵の下に海眼寺という名前で創建しました。1545年に火事で一度焼失し、翌年に現在の位置に移し建ててから名前が変わり銀海寺と呼ばれています。この場所はまさに「銀色に光る海が踊る極楽浄土」です。近くに雲浮庵、百興庵などの庵があり殿閣には韓国の名筆家、秋史 金正喜(1786~1856)が書いた文字があります。

直指寺
ソウルと釜山の中間辺り、金泉にある直指寺は金泉駅の前から寺へ行く市内バスが随時運行しており、汽車で金泉まで行けば迷うことなくたどり着くことができます。418年に阿道僧が建てたこの寺は、朝鮮時代(1392~1910)には金泉市内の一部まで直指寺の所有だったほどその勢いはすごいものでした。現在、直指寺周囲には森が生い茂り、入り口は公園になっています。毘盧殿に入り最初に子供の仏様を見ると男の子を産むという説話があります。

通度寺
646年慈蔵律師(590~658)が創建した通度寺は釈迦牟尼の真身舎利を祀っているため仏宝寺といいます。慈蔵律師は唐から仏様の舎利(遺骨)と袈裟(僧の衣服)を持ち帰り奉っています。森と渓谷が調和した通度寺は、一柱門から大雄殿まで続くたくさんの殿閣が古風な雰囲気をかもし出し、谷間ごとには庵があります。

海印寺
802年に順応僧と利貞僧により創建され、その後高麗(918~1392)時代には国家の寺に指定されました。朝鮮時代(1392~1910)に入ってからは八万大蔵径として知られている世界記録文化遺産でもある高麗大蔵径を奉っている寺として有名になりました。海印寺は禅院(禅寺)、講院(講堂)、律院(律師を養成する仏教の専門教育機関)などを備えた総合修行道場の寺(叢林)として海院叢林といいます。

骨窟寺
韓国では数少ない石窟寺院の一つです。12個の石窟が狭く切り立った階段になってずっと続いており、これに沿って上っていくと石灰岩の絶壁に刻まれた磨崖如来座像が見えてきます。その前から望む景色は上ってきた苦労を忘れさせてくれるほどの素晴らしさです。いつ建てられたのか分かっていないこの寺は、現在韓国の少林寺と呼ばれ、仏教伝統武芸である禅武道の総本山としてその名を広く知られています。また、外国人対象のテンプルステイでも有名です。

祇林寺
含月山の奥深くに位置した祇林寺は643年、インドの光有僧が林井寺という名前で創建し、後に元暁僧(617~686)がここで過ごしながら名前を祇林寺に変えました。毘盧遮那(大乗仏教における仏の一つ)を祭った大寂光殿、3000体の仏様を祭った聖宝博物館など大きく分けて3つの区域に分かれます。生い茂った森に透きとおった渓谷、涼しげに流れ落ちる滝水、そして広い茶畑と蓮畑が広がっており、疲れた心を癒すのにもぴったりな場所です。

 
全羅道

金山寺
金山寺は様々な土着宗教が生まれた母岳山の麓にひっそりと佇んでいます。599年に王の幸福を祈祷する寺として建てられたものを766年に真表律師(718~752)が改築。弥勒信仰の基本道場として使っていました。弥勒三蔵仏が祭られている国内唯一の3層法堂である弥勒殿をはじめとする貴重な遺物や文化財が至る所にあります。

大興寺
国土最南端にある頭流山に位置した大興寺は西山僧(1520~1604)の遺品を寺に祭ってから韓国仏教の中心地の一つとして挙げられるようになりました。僧は、頭流山はこの山すべて災のない場所であり、法を犯すこともできる場所であるとし、自身が使っていた食器と袈裟(服)をそこに置くようにと遺言を残しました。以後、大興寺では西山僧の教えを継いで多くの優れた僧たちが修行をしました。大興寺はその規模にふさわしく多くの殿閣があり、周囲には弥勒庵や一枝庵など見所も豊富です。山の端まで上って行くと目の前一面に広がる南海を見ることができます。

白羊寺
632年に如幻僧が白岩寺という名前で創建し、19世紀後半に白羊寺と呼ぶようになりました。白羊寺は座禅を組み一心に修行をする精進道場として多くの僧を輩出した寺で、山の中にある雲門庵の雲門禅院は昔から漢江の南方を代表する禅房として名声を轟かせていました。禅院(禅寺)、講院(講堂)、律院(律師を養成する仏教の専門教育機関)を備えた総合修行道場の寺として古仏叢林と呼ばれます。また、寺の周りを赤く染める紅葉が特に美しく、薬師庵からは白羊寺の全景を人目に眺めることができます。

禅雲寺
禅雲寺は3~4月、椿の花が咲く頃になるとそれを見に来る観光客でいっぱいになります。577年に検旦僧あるいは黔丹僧によって建てられた禅雲寺は朝鮮後期に最も繁栄し、189棟の殿閣と89個の庵があったと言われています。現在は大雄宝殿をはじめとし13個の殿閣だけが椿の森を背景に建っています。禅雲寺に行くのなら兜率山の壮大な眺めが広がる兜率庵まで行くのがおすすめです。

松広寺
新羅(BC57~935)末、慧璘禅師が創建した松広寺は韓国戦争(1950~1953)の際に大雄殿をはじめとする多くの殿閣が被害を受け、1960年から始められた再建事業によりほとんどの殿閣が新しく建て直されました。松広寺は総合修行道場である曹溪叢林としてその伝統を受け継いでおり、テンプルステイを行う以前から厳しい規律と徹底した仏教式で運営される寺刹修練会で有名です。

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華厳寺
智異山の美しい景色と蟾津江の透きとおった水が交じり合う地点に位置する華厳寺は544年、インドから来た縁起僧により創建されました。1500年の歴史があるだけあり多くの文化財を保有しています。また、主な殿閣は大部分が庭の周りに集まっていて全体的にこぢんまりと静かながらも雄大な印象を受けます。覚皇殿と考台にある石塔と石燈は韓国人の伝統思想である「考」を表します。華厳寺のテンプルステイは自然の変化と季節によって様々なテーマで行われます。

来蘇寺
韓国の最も西側にある辺山半島にある来蘇寺という寺の名前には「ここを訪れる人のすべての事が成し遂げられるように」という意味が含まれています。633年に恵丘僧が蘇来寺という名前で創建し、精巧な建築様式がうかがえる大雄宝殿とその中に描かれた「白衣観音菩薩像」で有名です 。

美黃寺
美黄寺は韓国最南端にある「地の果て村」に位置するこぢんまりとして美しい寺です。ここに立つと美しい達磨山と南海の海が人目で見渡せます。749年に創建された美黄寺は達磨山の岩山を背景に夕暮れ時、寺から眺める夕日は実に美しいです。美黄寺から細道にそって10分ほど歩いていくと現れる高僧の遺骨を安置した塔が集まっている浮屠殿を見ることができます。

仙岩寺
曹渓山の東に位置する仙岩寺は韓国仏教で2番目に大きい宗団である太古宗の代表寺刹のなかの一つです。529年に創建された仙岩寺は全体的に古風な雰囲気が漂い、殿閣とその周りを囲む石垣が調和してほのぼのとした印象を受けます。特にアーチ型をした昇仙橋とその下に見える降仙楼には韓国建築物の美を見ることができ、映画の撮影地にも使われました。毎年春に仙岩寺の僧侶と曹渓山の西にある松広寺の僧侶が繰り広げるサッカーの試合は順天の名物です。

 
済州島

観音寺
済州島の仏教は火山の島という済州島独特の地形的・気候的影響を受け土俗信仰と並行しながら発展してきました。このような済州仏教の中心に観音寺があります。観音寺は日帝時代解放後、いくつもの殿閣が燃えてしまいましたが、復元作業を経てもなお1600年を超える古寺の雰囲気をそのまま残し、雄大さと古風さが感じられます。

 
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出所: 韓国仏教文化事業団