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昌慶宮(창경궁)

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住所
ソウル特別市 鍾路区 昌慶宮路 185(臥龍洞)
서울특별시 종로구 창경궁로 185 (와룡동)
タイプ
古宮/城/門
問合わせ
昌慶宮管理所 +82-2-762-4868
ホームページ
文化財庁昌慶宮 http://cgg.cha.go.kr(韓国語)
  • 概要
    概要
    ※2019~20 韓国観光100選※

    昌慶宮(チャンギョングン)は世宗大王(セジョンテワン)が王位を退位し上王となった太宗を迎えるため、1418年建てた寿康宮(スガングン)がその始まりです。
    以降、朝鮮王朝第9代の王・成宗(ソンジョン・在位1469~1494年)の施政になり、第7代の王・世祖(セジョ・在位1455~1468年)の后・貞熹王后(チョンヒワンフ)、世祖の子で即位することなくこの世を去った徳宗(トクチョン)の后・昭恵王后(ソヘワンフ)、第8代の王・睿宗(イェジョン・在位1468~1469年)の后・安順王后(アンスンワンフ)を迎えるために明政殿(ミョンジョンジョン)、文政殿(ムンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)を建て、昌慶宮と命名されました。
    昌慶宮には辛い歴史が数多くあります。壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の時には建物が全焼し、 李适(イ・グァル)の乱や丙子胡乱(丙子の乱)の時にも禍を受けました。朝鮮王朝第19代の王・粛宗(スクチョン・在位1674~1720年)の時代の仁顯王后(イニョンワンフ)と張禧嬪(チャン・ヒビン)、朝鮮王朝第21代の王・英祖(ヨンジョ・在位1724~1776年)の時代、英祖の次男で米櫃に閉じ込められ死に至らしめられた思悼世子(サドセジャ)の逸話などが昌慶宮に残されています。
    史跡第123号・昌慶応宮は日帝強占期(1910~1945年)に日帝により昌慶苑に格下げされ、動物園になってしまいましたが、日帝の残滓をなくすべく韓国国民の努力により1987年から古の本来の王宮の姿を取り戻しました。
    弘化門(ホンファムン)、朝鮮王朝の正殿の中で最も古い建物である明政殿(ミョンジョンジョン)、通明殿(トンミョンジョン)、養和堂(ヤンファダン)、春塘池(チュンダンチ)などがあり、陸橋を渡って宗廟(チョンミョ)とも行き来ができます。

    * 主な文化財 - 弘化門(宝物第384号)、 明政門(宝物第385号)、明政殿(宝物第226号)、通明殿(宝物第818号)、玉川橋(オクチョンギョ=宝物第 386号)


    [昌慶宮弘化門 - 宝物第384号(1963年 1月21日指定)]
    恵化門は都の中心部を囲む城郭・都城(トソン)の北東にある都城四大門のうちのひとつで、朝鮮時代初期の太祖5(1396)年9月、都城の創築とともに建設されました。建築当時の門の名前は現在の名称ではなく弘化門(ホンファムン)でした。
    しかし成宗14(1483)年昌慶宮の東門に弘化門と命名したため、昌慶宮の東門と同名になってしまうことから、中宗6(1511)年、元々弘化門とつけた都城の門の名称を現在の恵化門(ヘファムン)へと改称しました。
    昌慶宮は元々、寿康宮があった場所で、1418年世宗が上王となった太宗を迎えるため修繕を行いました。
    そして成宗(在位1469~1494年)の時代に大王大妃(成宗の祖母)と大妃を迎えるには手狭であると判断し、寿康宮のあった場所に新たに昌慶宮を創建しました。
    昌慶宮はソウルの他の王宮と同じように壬辰倭乱(日本でいう「文禄・慶長の役」)の際に焼失してしまいましたが、光海君(クァンヘグン)が主な建物を重創するに至りました。
    昌慶宮の明政殿や明政門、そして弘化門はその時重創されたもので、現在に至るまで残っています。
    昌慶宮はその後、日帝強占期(1910~1945)を経る過程で本格的に破壊され、王宮としての姿はかなり失われてしまいました。1909年、昌慶宮は動物園と植物園を開園し多くの殿閣が壊され、1911年には名称も昌慶苑と変わりました。日本の植民地から解放された1945年以降も昌慶苑という名称でしたが、1984年から始まった王宮の復元工事により現在の姿を取り戻し昌慶宮と元の名称に戻りました。

    「弘化」という文字は、教化、徳化を広めるという意味で、昌慶宮の他の殿閣の名前とともに当代の著名な学者・徐居正(ソ・ゴジョン)が命名しました。
    規模は全面3間、側面2間の2階建ての建物で、東向きとなっているのが特徴です。屋根は正面から見ると台形をした寄棟屋根となっています。屋根の軒を支えるため装飾し作った木組(組物)・慊包(コンポ)は柱の上部だけでなく、柱の間にもある多包様式で出来ています。
    下の階は柱の間ごとに2組ずつ扉が取り付けてあり、人が出入りをし、上の階は板の間となっており、前後の壁面に小さな板の扉をつけ開け閉めできるようになっています。屋根のてっぺんの両脇にある彫刻や緩やかに曲がり下る下り棟の先の鬼瓦の部分の彫刻像が建物の威厳をより一層高めています。
    何度にも及ぶ修理や鮮やかな色を建物に施す丹青(タンチョン)の作業で元々の固有の美しさは失ってしまいましたが、昌慶宮・昌徳宮の建造物ととともに17世紀初頭の木造建築の研究資料として重要な価値がある建物です。


    [昌慶宮観天台 - 宝物第851号(1985年8月9日指定)]
    ソウルで現在、朝鮮時代に作られた2つの観天台があります。ひとつは昌慶宮内にあるもので、もうひとつは製作年代が不明ですが朝鮮時代の漢城府北部観象監があった旧徽文(フィムン)高等学校跡地にあるもので、二つの観天台は構造や大きさ、製作方法がほぼ同じです。
    慶宮内にあるこの天文観測所については、朝鮮時代の天文学者・成周悳(ソン・チュドク)が著した「書雲観志(ソウングァンジ)」に記述があり、それによると朝鮮時代の粛宗(スクチョン)14(1688)年に作られたといいます。高さ3m、横2.9m、縦2.3mほどの花崗石の石台の上に朝鮮時代の基本的な天体観測機器のひとつである簡儀(カニ/カンウィ)を設置し、天体の位置を観測したということです。
    現在は簡儀はなく石台のみがその場に残っていますが、当時には観測所を小簡儀台または瞻星台(チョムソンデ)とも呼んでいました。観象監の監員らはこの観測台から天空で起きるあらゆる現象を絶え間なく観測しつづけました。17世紀の天文観測台としては比較的完全な形で残っているという点で大変貴重で、観象監に作られた朝鮮時代初期の別のの観天台とともに朝鮮時代の天文代様式を象徴する代表的な遺構です。


    [昌慶宮風旗台]
    風旗台(プンギデ)は昌慶宮にあり朝鮮時代後期(18世紀)に製作されました。花崗石で作られ、大きさは高さが225cm、下部の台石の高さが91cm、広さが62cm×62cm、上部につけられた筒状の柱となっている八角柱の高さが135cm、直径43cmとなっています。

    「また王宮内には風旗があるが、これはとりもなおさず古から風を予測する観点から、昌徳宮の通済門(トンジェムン)内と慶煕宮(キョンヒグン)の西華門(ソファムン)内に石を設置し、そこに風旗竹(プンギチュク)を刺し入れた」

    花崗石を加工して作った風旗台には基礎の部分に御膳の模様を彫刻し台石を置き、その上に雲の模様を浮き彫りした八角柱を立てた形になっています。八角柱の一番上の中央には旗竿を刺す穴(直径4.5cm)があり、その柱の横に排水用の穴があけられています。旗竿の長さはよく分かりませんが、旗竿の先に細く長い吹流しを結びつけ、その吹流しが流される方向で風向を測り、はためく様子で風の強さを測ることができました。

    風向器の構造と形は「東闕図(トングォルド)」の絵でも知ることができます。この風旗台は昌徳宮と慶熙宮にあったものを動かして持ってきたものではないかと推測されています。
    測雨器(チュグキ)や水標(スピョ)が降雨量を測定する機器であるのに対して、風旗は風の方向や強さを測定する風向計です。風向の測定は農業気象学においてはなくてはならない重要な観測資料です。
    風旗による風向の観測はおそらくは朝鮮王朝の第4代の王・世宗(在位1418~1450年)の時代から制度化されていたものと考えられ、水標の場合と同じように当初は風旗台を寺にある法会のときに旗を差す幢竿支柱石(タンガンジジュソク)のようなものを作ったと思われます。
    風向は方向を測定し24方位で示しました。 また風速はその強さにより、何段階かに区分し、おそらくは降雨量の場合のように8段階程度に分類したものと考えられます。例えば、木が抜けるほどの風は「大風」と呼ばれ、さらに木が抜け瓦屋根が吹っ飛ぶもっと強い風は最も強い風として「暴風」と呼び、「大風」と「暴風」は特異な風「風異」として記録されています。
    風旗台は現在ではなくなり、絵でのみ残っていますが、朝鮮時代の風向計で有益な観測器であったことを実証する遺物として気象観測器における先駆的なものであったと言えます。


    [昌慶宮明政殿 - 国宝第226号(1985年1月8日指定)]
    昌慶宮明政殿は昌慶宮の正殿で正面5間60.4尺、側面3間32.28尺の平屋入母屋造りの建物で、建物柱上部などさまざまなところに木組装飾・慊包(コンポ)がある多包形式の建造物です。
    平面は正面5間、側面3間で後面に別に設けた退間(テッカン)という母屋から張り出した部屋が付随しています。
    基壇は二重基壇で、この基壇は地形に合わせて三段の積み石を施しています。
    また建物前面中央と北側中央に花崗石で作られた階段を設けています。階段の中央には双鳳を浮き彫りにした彫刻があります。基壇は長台石を組み作り上げており、欄干は取り付けていません。 明政殿の建物は二重基壇の上にさらに長台石で基礎を組んだ上に建てられており、礎石は円形になっています。
    軸部は16の平柱と4つの高柱からなり、高柱は殿の正面にだけ設けられ、正面が退間の形態を取っています。正面中央の3間は格子戸の分閤門が設けられており、左右にある退間は下段に赤煉瓦がおよそ12層積まれています。軒を支え柱の上部にある木組の装飾・慊包は内四出目(柱の内側に縦方向の4つの木組みの部材があること)、外三出目(柱の外側に縦方向の3つの木組みの部材があること)の包作(ポジャク=木組み)を柱と木組みの間に入れる平たい木の部材・平枋(ピョンバン)の上に乗せ密着させ木組みしました。慊包の木組は大変頑丈で、慊包の作りからは朝鮮時代初期の手法を垣間見ることができます。


    [昌慶宮大温室 - 登録文化財第83号(2004年2月6日指定)]
    大韓帝国・高宗隆煕3(1909)年に竣工した温室で、建築当時、韓国最大の木造構造の温室でした。
    温室に展示された植物は熱帯地方の観葉植物をはじめ希少な植物がありました。
    1986年、昌慶宮整備重創工事を契機に、韓国の自生蘭を中心に世界のさまざまな蘭を栽培していましたが、今後は韓国国内の自生植物のみを扱う温室に特化していく計画です。




    指定現況
    史跡第123号(1963年1月18日指定)

    休業日
    月曜日

    利用時間
    *入場時間:9:00~20:00
    *観覧時間:9:00~21:00
    ※夜間常時観覧:午後9時まで

    駐車施設
    あり(33台/有料)

    入場料
    * 韓国人(満25歳~満64歳): 個人 1,000ウォン / 団体 800ウォン(10人以上)
    * 外国人(満19歳~満64歳):  個人 1,000ウォン / 団体 800ウォン(10人以上)
    * 外国人(満7歳~満18歳): 個人 1,000ウォン / 団体 800ウォン(10人以上)
    * 外国人無料入場対象者 : 満6歳以下の乳幼児、満65歳以上の高齢者、韓服を着用している者
    ※ 無料入場対象者は証明書要提示

    [無料入場対象者]
    * 満6歳以下の子ども、満7歳~満24歳までの青少年、満65歳以上の韓国国民
    * 国賓及びその随行者、外交使節団及びその随行者
    * 国・公立機関で静養中の傷痍軍人・警察官
    * 公務遂行のため出入する関係者
    * 児童・生徒引率など教育活動の一環で入場する小・中・高校教諭(幼稚園及び保育施設教諭を含む)
    * 韓服を着用している者
    *「障がい者福祉法」「国家有功者などの礼遇及び支援に関する法律」「5・16民主有功者の礼遇に関する法律」「参戦有功者の礼遇に関する法律」及びその他個別の法律により入場料が減免される者
    * 観光通訳案内士資格証及び文化観光解説士資格証を身につけ団体観光客の引率・案内のため入場する者
    *「孝行奨励及び支援法」による孝行優秀者
    *「国民基礎生活保障法」による基礎生活受給者
    * 基礎生活受給者ではないものの次上位階層の対象となる者のうち、自活給与、国民健康保険料減免対象者、障害手当、両親のいずれかがいない家庭のうち一つ以上に該当する者及びその他保健福祉部長官が認定した次上位階層対象者
    * 義士者遺族及び義傷者
    * 兵務庁発給兵役名門家証所持者(本人のみ対象)
    * 重要無形文化財保有者及び伝授教育助教
    * 軍服を着用している現役軍人
    * 文化財委員及び専門委員
    * その他文化財庁または該当遺跡管理機関の長が認定する者

    トイレ
    あり

    駐車料金

    2,000ウォン(2時間まで)
    ※以降30分超過毎に1,000ウォン加算
    ※王宮が休みの日、運営時間外は無料開放
    ※乗合車(12~16人乗り)-基本料金3,000ウォン、以降30分超過毎に1,000ウォン加算

    ※駐車料金50%減免対象車両
    ・障がい者車両
    ・軽自動車など



    外国語案内サービス
    [外国語ガイド時間]
    昌慶宮管理所 常設案内
    ・日本語:10:00、14:00
    ・英語:11:00、16:00
    ・中国語:9:30、15:00
    ※30人以上の団体は2日前までに要電話予約(昌慶宮+82-2-762-4868)
    ※出発場所:玉川橋(オクチョンギョ)前、所要時間:およそ1時間


    韓国語案内サービス
    10:30, 11:30, 12:30, 13:30, 14:30, 15:30, 16:30*(*11~1月は16:00)
    ※ 30人以上の昌慶宮解説を希望の団体は2日前までに要電話予約(昌慶宮 +82-2-762-4868)
    ※出発場所:玉川橋(オクチョンギョ)前、所要時間:およそ1時間
    ※ 日曜日の韓国語解説(16:30を除く)はボランティア団体(問い合わせ先:+82-2-2273-2276)による実施です。


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